2007/11/1訪問記 洗米・浸漬作業


洗米、浸漬作業
今日は2007年11月1日洗米、浸漬作業です。

山田錦 洗米
精米された山田錦を洗米します。

山田錦を洗米
洗米された山田錦は受けタンクに入れられます。

酒米に水分を浸漬させます。
摂氏10度の水に浸して、酒米に水分を浸漬させます。

浸漬の程度を判定しています
浸漬の程度を判定しています。

浸漬の程度を判定しています
お米に水分がしみ込ませて、お米の透明な部分がちょうど目玉の様になるまで待ちます。

水切り
頃合いを見て、水切りをします。

お米を布に置きます。
水切りが終わったお米を布に置きます。

水切りが終わったお米
水切りが終わったお米です。

水切りが終わったお米
お米を布で丁寧に覆って行きます。

丁寧に覆います。
美味しいお酒になるよう丁寧に覆います。

水分の浸漬を待ちます。
蒸かし取り(お米を蒸かす)するまで置いて、水分の浸漬を待ちます。

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大阪 河内長野 天野酒 西條合資会社


天野酒西條合資は高野山に向かう東高野街道と西高野街道の合流点大阪府河内長野市にあります。

大阪府河内長野市は高野山に参拝する高野詣の人々の文化の交流点でもありました。
天野酒西條蔵は享保3年(1718年)から280余年間、当地大阪府河内長野市で酒造業を営んでまいりました。

創醸期から明治末期までは「三木正宗」、大正・昭和を通じて「波乃鶴」の銘柄で親しまれていましたが、昭和46年に天野山金剛寺のご好意と地元の方々のご声援を頂き古格「天野酒」を復活いたしました。

「天野酒」は河内長野市にある天野山金剛寺から由来いたします。
お酒の技術が確立したのは室町時代末期ですが、その当時酒造りと流通の中心となっていたのが各地の寺院でした。
このためお酒は僧房酒と呼ばれていました。

天野山金剛寺の僧房酒「天野酒」は後花園天皇の実父伏見宮貞成が永享4年(1432年)に記した日記「看聞御記」にしたためられています。
お酒の品質がまだまだ十分でなかった当時にあって、その品質の高さは宮廷にも認められておりました。

戦国時代に入り天野酒は戦国武将の愛飲するお酒となりました。
京都御所に献上した楠正成を初め、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、小堀遠州など枚挙にいとまがありません。

特に天下人太閤秀吉は天野酒を愛でて、度々使者を使わせて買い求め、良酒醸造に専念することを命じた朱印状を天野山金剛寺の下付したほどです。

復活した天野酒は毎年、岩手県の南部杜氏によって丹精に造られています。
酒造りに適した高品質米を用い高度自家精白して、南部杜氏が手間隙を惜しまず醸し上げる一滴一滴は芳り高く醇らかです。
「純米造り」に秀でた蔵元として酒通の方々から高い評価を頂いております。

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